
船の倉庫から調理場へ毎日穀物(こくもつ)や料理の材料を運ぶのは、シンドバッドの仕事の一つでした。そしてある日その仕事をしていると、積み上げられた箱の奥(おく)の方で、とつぜん何かが動く気配がしました。そこでかれが短剣(けん)をぬいて音の出所に近づいていくと、そこには、必死に身をかくそうとしている若者(わかもの)がいたのです。
シンドバッドはかれの姿(すがた)を見て、それがだれだかすぐに気づきました。それは、波止場(はとば)で落ち着かない様子をして船に入りこんだあの若者でした。かれは今もあのときのまま、顔をマフラーでかくしていたのです。
シンドバッドに見つかってしまった若者は、おびえて目を涙(なみだ)でうるませ、あとずさりをしました。それを見たシンドバッドはかわいそうになり、かれに向かってこう言いました。
「おそれることはありません! しかし、あなたはいったいだれなのですか? そして、なぜここにかくれているのですか?」
若者はしばらくだまっていましたが、やがて口を開き、このように言いました。
「わたしの名はスルタンです。どうしても『真珠(しんじゅ)箱の島』に行きたくて、この船に忍(しの)びこみました。わたしの父はろう屋に入れられているのです。」
そこで、「あなたの父上はどうしてろう屋に入れられているのですか?」とシンドバッドがたずねると、若者はこう言いました。
「どうしてだかわたしにはわかりません。父は高貴(こうき)な商人で、けっしてうそをついたり、人をだましたりしない人なのに。とにかく、わたしも母も幼(おさな)い兄弟も父のことが大好きで、わたしたちはみなかれを必要としているのです。」
シンドバッドはその目を見て、この若者は真実を語る清らかな人間なのだと思いました。そこで、あなたのことはだれにも明かさないし、船が「真珠箱の島」に着くまでかくれていられるようにわたしが助けましょう、と約束をしたのでした。
その後も、シンドバッドは船で生き生きと働き、その心はとても幸せでした。一人になると青い羽根のことをあれこれ考え、海の不思議な物語に思いをめぐらせました。
それから適当(てきとう)な時間ができると、若者(わかもの)がかくれている場所へ行き、かれに食べ物や飲み物を運んで様子をたずねるのです。シンドバッドは若者の話を聞くにつれ、かれのことが好きになりました。そしてかれを心から信頼(しんらい)できる人だと感じたので、青い鳥のことや、青い光を放って話しかけてくる羽根のことを、かれに話したのでした。
やがて船は「真珠(しんじゅ)箱の島」に着きました。船に乗っていた商人たちはみな自分たちの積荷を降(お)ろし、船乗りたちはこぞって島見物に出かけました。そして、シンドバッドとスルタンは国王の宮殿(きゅうでん)へと向かいました。
しかし、宮殿の門番たちは2人が宮殿に入るのを許(ゆる)してくれませんでした。そこでどうすればいいかかれらが相談していると、その時、宮殿の門から、国王の息子(むすこ)のハンザラ王子が、護衛(ごえい)の騎士(きし)たちに囲まれて白い馬に乗って出てきました。
スルタンはそれを見ると、父の件を訴(うった)えようとして、王子の方へかけ出しました。
そこでシンドバッドもその後を追いました。するとそれを見た護衛の者たちは、2人が王子に悪さを働こうとしているのだと思いこみ、かれらをつかまえてしまいました。そして2人と護衛の者たちがもみ合っているうちに、スルタンの顔からマフラーがはずれ落ちました。すると、それを見た人々はおどろいてその場で固まったように動かなくなりました。みな思わず我(われ)を忘(わす)れてその姿(すがた)に見入ってしまったのです。

人々がおどろいたのは、少年だと思っていたその若者(わかもの)が、実は見たこともないような美少女だったからでした。かの女は長い黒髪(かみ)と黒く輝(かがや)くひとみの持ち主で、すべての人をひきつけるとても美しい顔をしていました。人々の中に立つかの女の姿は、まるで物語に出てくる王女のようでした。
それを見たシンドバッドはひどくとまどい、自分の目を疑(うたが)いました。そして心の中でこう言いました。
「わたしは夢(ゆめ)を見ているのだろうか? この美しい娘(むすめ)は、わたしが船の中でいっしょに過(す)ごしたあの若者と本当に同じ人間なのだろうか? まったく、かの女はなんてきれいなのだろう!」
シンドバッドは、ふいに、この娘をずっと前から知っていたように思えてきて、かの女のことをとても好きだと感じたのでした。
ところが、娘を好きになったのはシンドバッドだけではありませんでした。ハンザラ王子もまた、おどろきと心ひかれる気持ちでかの女を見つめていたのです。
王子は、「スルタン青年」の姿(すがた)に変装(へんそう)して父を探(さが)そうと「真珠(しんじゅ)箱の島」行きの船に忍(しの)びこんだ娘「スルターナ」の話に耳をかたむけました。そこでスルターナはついに王子にこう言ったのです。
「わたしの父はあなたがたのところでろう屋に入れられております。あなたは、あなたがたのろう屋に無実の人間が入れられていることをお許(ゆる)しになるのですか?」
ハンザラ王子はスルターナの勇気に心を動かされ、かの女の父の件を調べてみると約束しました。それからかの女のために王女たちのやかたの一室を整えるよう家臣たちに命じ、シンドバッドには召使(めしつか)いたちの部屋をあたえたのでした。
それ以来、シンドバッドにはスルターナに会えない日々が続きました。王女たちのやかたに近づくことは、だれにも許されなかったのです。それでもあきらめきれず、シンドバッドは、夜中にそのやかたに忍びこもうと決心しました。それがどんな危険(きけん)を招(まね)くのか、深く考えもせずに。
シンドバッドは夜がふけるのを待ち、宮殿(きゅうでん)の住人たちがみな寝(ね)静まったのを確(たし)かめると、やみにまぎれて王女たちのやかたへ忍びこみました。しかもシンドバッドは、王女の部屋のありかも知らないまま、ただやみくもに入ってしまったのです。
しばらくすると、やかた中に王女の叫(さけ)び声がひびきわたりました。するとそれを聞きつけた宮殿の住人たちがあちこちからかけつけ、あっという間にシンドバッドをとらえてろう屋へ連れて行ってしまったのでした。
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