
昔バスラの町にシンドバッドという男の子がいました。シンドバッドは父親のいない貧(まず)しい少年でした。かれは海が大好きで、小さなころから毎日海岸へ行っては、海を見ながらあれこれと夢見たものでした。真珠(しんじゅ)や海に住むおそろしい生き物や、航海から帰ってきた船乗りたちがいつも話してくれる不思議な物語のことなどを思いえがきながら。そして16才になったとき、シンドバッドは決心したのです。海へ出て、物語や冒険(ぼうけん)に満ちたその魅惑(みわく)的な世界を、自分で探検(たんけん)してみようと。
ある日、シンドバッドがいつものように海をながめていると、海岸に一せきの船が着きました。それは、白いほと、へびの頭の形をした黒たんの船体を持つ素晴(すば)らしい船でした。シンドバッドには、その船が、海のナゾを運んであちこちの海岸をめぐっているように思えてなりませんでした。そこでかれは急いで船へとかけ出し、それがどこへ向かい、何を運んでいるのかたずねて回り、船長や船員たちのことをききました。
それを見ていた船長は、シンドバッドのことを、熱心でかしこくてしっかりした青年だと思い、「真珠(しんじゅ)箱の島」への航海にかれを連れて行って、見習い船員としてやとうことにしたのでした。
そして、いよいよ本当に船に乗る日がやってきました。シンドバッドは船の手すりにもたれて波止場(はとば)に立っている母や見送りに来てくれた友達に手をふりました。そして、いそがしく船の中へ積荷を運びこむ船員たちに時折目をやりました。するとその時、船員たちに近づいてくる一人の若者(わかもの)の姿(すがた)が、ふと目に入りました。
その若者は船員たちを手伝って軽い荷物をいくつか運び始めたのですが、その姿はシンドバッドの目をひきつけました。なぜならかれは、自分のことを知られたくないかのように、顔にマフラーを巻(ま)きつけ、なにか落ち着かない様子であたりをきょろきょろと見回していたからなのです。
シンドバッドは、その若者がいずれ船から出て行くだろうと思っていたのですが、かれはその後も船内に残り、出ていきませんでした。しかし、やがてすぐにその若者のことを忘(わす)れ、ふたたびシンドバッドは輝(かがや)くばかりの笑顔(えがお)で、波止場に立つお母さんや友達の方に目をもどしたのです。
そしてついに出発の時が来て、船は見送りの人々のさけびや船員たちの笑いとかけ声の中を、おごそかにゆっくりと動き出しました。時は日没(にちぼつ)をむかえ、沈(しず)み行く太陽が船に黄金色の光を放ち、黒たんでできたその輝く船体は、まるで、海のナゾや不思議な物語を満さいした黒い鏡のように見えました。そしてシンドバッドはいよいよその時、人々を魅了(みりょう)する不思議な海の世界へと入っていったのです。
しばらくすると、船上のシンドバッドに奇妙(きみょう)なことが起こりました。
かれはある日、大きく広がった羽を持つ大きな青い鳥を目にしたのです。その羽は船のマストを囲いこみ、太陽の光を受けて青く光り輝いています。それを見た船長は急いで弓を取りにかけ出し、すぐに矢をあてがいました。シンドバッドはその奇妙な鳥におどろきながらも、これで自分も航海が終わってから友達に不思議な体験談を語ることができる、と思ったのです。海から帰った船乗りたちがいつも話してくれるような物語を。
それなのに、今まさに船長は、自分の不思議な体験談を台無しにしようとしているのだ、とシンドバッドは感じました。そして、かじの近くにいたかれは、無意識(しき)のうちに手をのばしてかじを急回転させたのです。そのため、船はゆれてとつぜん方向を変え、船長の矢は青い鳥にうまく命中しなかったのでした。

しかし、それでも矢は鳥の羽先をかすったので、多くの羽根が空をまい、波の上へと落ちていきました。そしてその時、シンドバッドは、その羽根の一枚(まい)が目の前に落ちているのを見つけて、心をはずませました。それから大喜びでそれを自分の帽子(ぼうし)にさしてかざったのです。
その夜、シンドバッドはまくら元に帽子を置き、ぐっすりねむりました。しかし、やがて何かまぶしい光を感じて目を開けると、帽子にさした羽根が不思議な青い光を放って輝(かがや)いています。かれがじっとそれを見つめていると、今度はとつぜんこんな声が聞こえてきました。
「あなたはわたしの命を救って下さいました! ですから、いつの日か助けが必要になった時には、ただあなたの帽子にささっているその羽根を引きぬいて下さい。でも、必要のない時にはけっして引きぬいてはなりません!」
やがておどろきがおさまると、さっきの声はもう聞こえず、羽根もその輝きを失ってふつうの青色にもどっていました。そのためシンドバッドは、自分が今しがた見たことが本当のことだったのか、それとも夢(ゆめ)だったのかわからず、混乱(こんらん)してしまいました。
それ以来、シンドバッドはその羽根のことがいつも頭から離(はな)れなくなり、あれは本当のことだったのか確かめるために、帽子から羽根を引きぬいてみようと何度も思いました。しかしそのたびにかれはあの鳥の警告(けいこく)を思い出し、なんとか思いとどまっていたのでした。 |