今日も木の下にすわって子どもたちを待っていたハキムおじいさんですが、なぜかふと立ち上がり、幹(みき)のある場所にじっと目をやっています。するとそこに子どもたちがやって来ました。
ジャミールの町はあれからどうなったでしょうか? 敵(てき)との戦いに敗れ、だれもいなくなったジャミールの町に、とある老人がやって来ました。するとそこは破(は)かいされた建物や兵士たちの死体でうめつくされていました。 老人はその光景を見てとても悲しみました。そしてふと顔を上げてみると、そこにはもう動かなくなったジャミールが横たわっていたのです。それを見た老人は思わずなみだをうかべました。 しかしその時、ジャミールのまつ毛がかすかに動いたのを老人は見のがしませんでした! 老人は、「かれはまだ生きている!」とさけんで必死でジャミールの体をひきずり、破かいされた城(じょう)さいに運びこみました。 そしてそこに住みこみ、昼も夜も傷(きず)ついたジャミールの世話をしました。老人はかれの体をいやすために野菜や薬草でスープを作り、また傷の手当てをして、夜もねないで看病(かんびょう)しました。 そのおかげで、ジャミールの体は少しずつですがじょじょに快復(かいふく)してきました。そしてようやく頭や背中(せなか)を起こすことができるまでになったのですが、かれは記おくを失ってしまっていたのです。 そこで老人はかれにこう言いました。 「だいぶ具合が良くなってきましたね。これからわたしといっしょに山へ行きましょう。山のすんだ空気はあなたの快復を早めてくれるでしょうから。」 それからジャミールは老人が暮(く)らすどうくつで数週間過(す)ごしました。日に日にかれの体は快復し、じょじょに記おくの方も取りもどしつつありました。 そしてついにある日、かれは自分がライラの髪(かみ)を切ってしまったことを思い出し、老人にそのことを話したのです。 すると老人はかれに、「あなたは自分がしたことをくいていなさるのですか?」と問いかけました。 かれは、「わかりません。」と答えてしばらくだまっていましたが、やがて老人にこうたずねました。 「いつかわたしはライラにもう一度会うことができるでしょうか?」 すると、老人はこのように話したのです。 「ジャミールよ、お聞きなさい。ライラの髪については、あなたにお話していないことがあるのです。 わたしはかつて、ライラが生まれる前にライラの母親に会いました。それでわたしはかの女に、もうすぐ生まれてくる女の子の髪を決して切らないように、と言ったのです。 さて、今あなたが知らなければならないことは、あなたが自分のしたことを三度心からくいない限(かぎ)り、ライラはあなたのもとにはもうもどってこないだろう、ということです。」 ジャミールには老人の言葉が理解(りかい)できませんでしたが、あえてなにもたずねませんでした。老人がそれ以上のことを話したがっていないように感じたからです。 やがてジャミールは、もうライラを探(さが)しにいけるほど体が快復してきていると感じるようになりました。そこで、目になみだをうかべながらそのやさしい老人に別れを告げ、急いで海辺へ向かいました。 すると海辺に小さなほかけ船があるのを見つけ、一人でそれに乗りこみ、敵国に向かって海へ乗り出しました。 しかし、しばらくすると海はあれてきて、しだいに激(はげ)しいあらしになりました。高波がようしゃなく小さなほかけ船をおそい、すぐに船は水であふれてしまいました。そこでジャミールは思わずこうさけびました。 「主よ、どうかおじひを! ああ、あの時、ライラの髪(かみ)を切らなければ良かった!」 するとなぜか波は不意に静まり、おだやかになったのです。 その日の翌朝、ライラはいつものように閉じこめられているとうで目を覚ましたのですが、自分の髪が急にかつての長さの3分の1ほどものびているのを見て、たいへんおどろきました。 そしてそれを見た見張(は)り番の男もその不気味さにおそれを感じました。ライラがとらえられて以来、かの女の髪はずっとのびていなかったからです。 そこで見張り番は国王のもとへかけつけ、そのことを伝えました。すると国王は喜び、大声で笑いながらこう言いました。 「まさにかの女の髪はまほうだ! きっとあの女はわたしに財宝(ざいほう)や富(とみ)をもたらすにちがいない!」 昼ごろになってからジャミールは敵国にとう着し、すぐに船から海岸へ飛び移(うつ)りました。すると目の前に森をぬける道があったので、急いでその道をかけだしました。 しかし森の道はとても細くてどこまでも続いており、しかもおいしげった木々におおわれていました。それでジャミールは、あたりが暗くなってきたころになってようやく自分が道に迷(まよ)ったことに気づいたのです。 かれは、うっそうとした木々にさえぎられた行き止まりの道を歩いていたのでした。そこですっかりと方にくれて望みを失い、かれは岩の上にすわりこんでこのようにさけびました。 「主よ、どうかおじひを! ああ、あの時ライラの髪を切らなければよかった!」 するとその時、なぜか木々の間から光が差しこんできたのです。そこでジャミールはその光をたよりに、森をぬける道を見つけることができました。 そしてそのころ、ライラがとうの窓(まど)から日がしずむのをぼんやりながめていると、とつぜん、かの女の髪(かみ)が以前の長さの3分の2までのび、かの女をふたたびおどろかせたのです。 ジャミールはそれから夜通し歩き続け、夜明けとともに大きな町をのぞむ小高いおかに着きました。 かれは町の真ん中に立派(りっぱ)な城(しろ)があるのを見て、「ライラはあそこにとらえられているにちがいない。」とつぶやき、急いで敵(てき)の町へと降(お)りていきました。 そして少しはなれたところから城を見張(は)り、城の門番をしているのは6人の兵士たちだということを確(たし)かめましました。 するとちょうどそこに、庭師(にわし)たちの一団(いちだん)がやってきました。かれらは王宮の庭に植えるために、バラのなえや小さな木を城へと運んでいたのです。 そしてよく見ると、その中にひとり年老いた庭師がおり、とても重いものを持つ力などないように見えました。 そこでジャミールはその庭師の老人に近づいて行って、「すみません、わたしに手伝わせてください。」と声をかけ、老人のために木を運びました。 こうしてジャミールは、うまく城(しろ)に入ることに成功したのでした。 やがてやみがあたりを包み始めたころ、ライラがいるとうの窓(まど)の下から、このような歌声が聞こえてきました。 ― わたしは小鳥 だから飛べるさ どんな場所でも 好きなところへ だけど心は 粉々のまま だってあのこは まだカゴの中 ― その声を聞いてライラの胸(むね)はおどりました。そしてすぐに窓にかけより、おし殺した声でこのように言ったのです。 「ジャミール! ここで何をしているの?!」 その声を聞いたジャミールの心もまた、あまりの喜びで飛んでいきそうでした。 しかしこのままではあまりにも危険(きけん)です。そこでジャミールはこのように言いました。 「きみの髪(かみ)を窓から垂(た)らすのだ。わたしがその髪にねむり薬の小びんを結んであげよう。きみはそのねむり薬を水さしに入れて見張(は)り番に言いなさい。水の味がおかしいようだから、どうか味をみてほしい、と。 それを飲めば見張り番はすぐにねむってしまうから、そうしたらカギをうばって降(お)りてきなさい。」 そこでライラは窓から髪を垂らしてみましたが、ジャミールのところまでどうしても届(とど)きません。そこでかれは思わずこう言いました。 「主よ、どうかおじひを! ああ、あの時、ライラの髪を切らなければ良かった!」 その時、とつぜんライラの髪が長くのび、ジャミールのところまで届いたのを見て、かれはとてもおどろきました。 ほどなくライラはうまく見張(は)り番をだまし、夫のもとへと降りてきました。そして2人でいっしょに町からにげ出しました。 ジャミールとライラは昼も夜も歩き続け、谷をわたり、おかをこえ、海岸へと続くあのうっそうとした森をぬけました。 そして海辺へ出てみると、ジャミールが乗りつけた小さなほかけ船がまだそのまま置いてあり、2人はそれに乗ってすみ切った空の下、おだやかな海を進んでいきました。 やがて自分たちの国にとう着してみると、海岸であの老人が2人を待ち受けており、かれらの無事を喜んでこう言いました。 「ようこそ、ようこそ、ジャミールとライラよ! あなた方が無事にもどってくるとわたしにはわかっていました。さあ、国民はみな国王が帰って来るのを待っているのですよ!」 それを聞いてジャミールはおどろき、「国民がわたしを待っているですって?」ときき返しました。すると老人はこのように言ったのです。 「その通り。あなたの国民はあなたを待っているのです。わたしがかれらにあなたがもどってくると伝えたのですよ。するとかれらは、あの時にげこんだ山を下りてきて、破(は)かいされた町へと帰ってきたのです。もういちど町を新しく建て直そうとね。」 ジャミール国王とライラ王妃(おうひ)が町へもどってくると、国民はみな喜び、大さわぎしてかれらを出むかえました。そしてそれから間もなく、破かいされた町は人々の手で新しく建て直されたのです。 国はやがてまたかつてのはん栄を取りもどし、公正で英知ある国王のひ護(ご)のもとで、国民はみな幸せに暮(く)らしました その3年後、勇かんな国王は軍を率(ひき)いて海をわたり、敵国へと向かいました。そこで敵と戦って大勝利を収(おさ)め、祖国(そこく)と妻(つま)のライラ、そして幼(おさな)い王子のもとへ無事に帰りました。 そして、未来の国王となる王子が、正義と英知と平和を愛する心を持つように、正しく育てたのでした。
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