その1
昔あるところに、3人の息子(むすこ)を持つ老人がいました。老人は息子たちの欠点や、悪い行いをなんとか正そうと、気をくだいていました。
長男の名は「マスルール」といい、いつも酒を飲む悪い仲間たちと集まり遊んでばかりいます。そして決まってこう言うのでした。
「人生は一度きりだ。あっという間に過(す)ぎ去ってしまう。だからこそ、つかの間の時をたのしみ、友達とゆかいに遊ぶべきなのだ。」
次男の名は「シュジャーゥ」といい、争いごとを好み、いくさとあらば勇んでどこにでも飛んでいく有名な乱暴(らんぼう)者でした。
かれにとって人生とはいくさのぶたいであり、最もいだいな者とは、自分のけんに重なるいかなるけんも許(ゆる)さない者のことだと考えていました。
そしていつでも負かした相手を前にして、ほこらしげにこう言うのです。
「わたしの背(せ)にけんを下ろす者など、このアラビアにいまだかつて生まれてはいないのだ。生きてわたしのけんにいどめる者など一人もいやしない。」
三男の名は「シャリーフ」といい、とてもけんきょな青年でした。かれは、どんな人に対しても正直で、良い心を持ち、人々にとって良いことだと思えば何でも努力をおしまない人間でした。
早く言えば、かれはその性質(せいしつ)が父によく似(に)ていたのです。
老人は息子(むすこ)たちの未来を案じ、ある日かれらを呼(よ)んでこう言いました。
「息子たちよ、おまえたちがわたしにとってどれほど大切な存在(そんざい)かわかっているね? 近ごろわたしは、神がわたしにあたえられた時間が、もう少ないのではないかと感じているのだ。だからわたしがのこす言葉に耳をかたむけ、それについてよく考えなさい。」
息子たちはそれを聞いて、こう言いました。
「わたしたちはあなたの息子です。わたしたちにとって父上ほどとうとい方はいないのです。父上のおっしゃることはどんな言葉も、わたしたちにとっては大切な言葉です。」
すると老人はまず長男の方を向いて、こう言いました。
「息子(むすこ)よ、酒を飲む習慣(しゅうかん)は心身をむしばみ、得るところは少ないのだ。仲間たちについてよくさとり、自分を守りなさい。そしてのどのかわきも、いむべきものを飲むよりはましだということを知りなさい。神に許(ゆる)されたものだけを手にするのだ。そこには神の祝福があるのだから。」
次に老人は、次男に向かってこう言いました。
「息子よ、いくさはいつでもお前の思い通りになるものではない。けんは時にたがうこともあり、しゅん馬も転ぶことがある。だからいくさに臨(のぞ)んだとしても、火の手が激(はげ)しくなり、海があれ、弱い者までもが味方を助ける力を持ち、おく病者すら勇かんにいどむのを見たならば、そんな時は長くとどまってはならない。きを見た退散(たいさん)はけっしてはじではないのだから。けっして敵(てき)の標的になってはいけないよ。」
最後に老人は三男に向かってこう言いました。
「息子よ、かんだいな者はけっしてりんしょくであってはならない。だからおしまずほどこし、そして人との議論(ぎろん)をさけなさい。人を許(ゆる)す者と言われるようになって、兄弟や周りの人たちに良くしなさい。しかしかれらのうち本当に誠実(せいじつ)な者はごくわずかだということも見きわめなければならない。そして困難(こんなん)な時ほど善行(ぜんこう)を積みなさい。」
3人にそういい終わると老人は少しの間だまっていましたが、やがて両手をかかげて息子たちのために神にいのりました。
それからもう一度息子たちに向かってこう言いました。
「わたしはおまえたちの成功を心から願いながら、おまえたちを残していくのだ。」
それからしばらくして、老人の死はやってきました。息子(むすこ)たちは大変悲しみ、父の体をついのすみかへと運びました。
そして老人をあの世へと送り出すと、やがてそれぞれの人生に向かって歩き始めました。
つづく
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