その2
『昔わたしは、ある町で知事のもとにいました。しかしその町の住民たちは気があらく、知事に対して反乱(はんらん)を起こし、ついに知事もかれの友人たちもみな町をにげ出してしまいました。ですからわたしも人々に混(ま)じって必死ににげたのです。
とうぼうするわたしの後ろから、反乱(はんらん)者の集団(しゅうだん)が追ってきました。しかし一生けん命にあちこち走り回り、そりあえずその場は何とかにげきりました。
その時、ある家の門のそばに、主人らしき男がすわっているのが目に入りました。
― 実は、その人こそあなたに先ほどたずねた人なのですが ― そこでわたしはとっさにかれに助けを求めてこう言いました。
「わたしを助けてください。そして神があなたをお助けになりますように。」
すると主人は、「いいでしょう。早く入りなさい。」と言ってくれました。そして家へ入っていくと、主人の妻(つま)が出てきて「この部屋にお入りなさい。」と言いました。
そこでわたしは言われたとおりにかの女の部屋に入り、外の気配をうかがっていました。その間、主人は門の前に立って見張(みは)りをしていたのですが、やがて、大声でかれにつめ寄(よ)っている何人かの男たちといっしょに、家に入ってきたようでした。
男たちがかれに、「あいつはここにいるはずだ。」と言うと、かれは、「わたしの家はすでにあなたがたの足元にあるではありませんか。どうぞ好きなようにお調べください。」と応(おう)じました。
さっそく男たちは家中あちこち調べまわりましたが、どうしてもわたしを見つけることができません。そして最後に、わたしがかくれている主人の妻(つま)の部屋だけが残りました。
そこでかの女の部屋だとは知らない男たちが、「ここだ、ここにいるにちがいない。」と言って入ろうとすると、妻がとつ然中から大声をあげました。かれらはそれにおどろき、そこが妻のしん室だと知って、やむなく退散(たいさん)しました。
それから主人は再(ふたた)び出て行き、外の様子をかんしして門のそばでしばらくすわっていました。わたしはと言えば、おそろしさのあまり足がふるえ、部屋のすみで立ちつくしたままでした。
それを見ていた主人の妻(つま)が、「もうだいじょうぶですよ、おすわりなさい。」と言ってくれたのでやっとそこにすわると、主人がもどってきて言いました。
「もうこわがらなくてもいいですよ。神がかれらのわざわいからあなたを遠ざけて下さいました。あなたはもう安全なのです。」
それを聞いてわたしは安心し、「あなた方に神の良いむくいがありますように。」と心からかれに言いました。
それからかれは、わたしを手厚(てあつ)くもてなし、一生けん命世話してくれました。家の中でも、だれも入ってこないわたしだけの部屋を用意し、心からわたしの様子を気にかけてくれたのです。
こうして一月ほど、わたしはかれのもとでここちよく暮(く)らし、その間にさわぎもようやく収(おさ)まったようでした。そこでわたしはかれにこう言いました。
「身内の者たちや友人たちの様子を見に、外に出てもいいでしょうか? かれらが無事かどうか知ることができるかもしれませんから。」
わたしは必ずもどってくることを約束して、身内の者や友人たちを探(さが)しに出かけました。しかしかれらはにげ出したのかもうどこにも見つからず、そのそくせきもわかりません。
そこで主人のところにもどり、そのことを話しました。
そしておどろくことに、わたしがにげこんできてからずっと、わたしがどこのだれなのか、かれはわたしに一度もたずねることはなかったのです。
「あなたはこれからどうしようと思うのですか?」と主人がたずねるので、わたしは、「国王のいらっしゃる首都へ向かおうと思います。」と言いました。
するとかれは、「3日後に首都へキャラバン隊が出発する予定です。」と教えてくれたので、わたしはかれのなにくれない親切に感きわまり、こう言いました。
「こんなに長い間、あなたはわたしにとても良くしてくださっています。わたしはあなたのことをきっと忘(わす)れず、いつの日か必ず恩(おん)返しをして、あなたの親切にむくいることを約束します。」
それからかれは一番上の息子(むすこ)を呼(よ)んで、「馬のしたくをしなさい。」と言いつけました。それを聞いてわたしは、かれが今からどこかに出かけるのだろうと思いました。
ところがキャラバン隊の出発の日が来ると、主人はわたしにこう言いました。「さあ、立ちなさい。キャラバン隊が出発する時間です。キャラバン隊なしで、あなたに危(あぶ)ない一人旅をさせるわけにはいかない。」
しかしわたしは心の中でこうつぶやきつつ立ち上がりました。「……しはらうものがないわたしが、いったいどうやってキャラバン隊に同行できるというのだろう?」
部屋から出ると、主人と妻(つま)が、立派(りっぱ)な衣しょうと新しいくつ、そして旅の荷物を持って現(あらわ)れました。
それからさらにけんとベルトをわたしのこしにしめ、馬を見せてこう言いました。
「さあ、これに乗りなさい。そしてこのふくろを持って行きなさい。中には、旅に必要な費用が入っていますから。」
そして主人の妻(つま)は、「もしわたしたちがあなたにいたらなかったならば、どうかゆるしてください」と言ってそこで別れを告げ、主人はわたしをキャラバン隊まで送り届(とど)けてくれました。こうしてわたしは、首都へと旅立ったのです。
その後わたしは、国王のもとで働くことになり、それ以来、先の主人の様子を知るためにあの町へ人を送るよゆうがありませんでした。しかしわたしは、あれ以来ずっと、かれへの恩(おん)返しを忘(わす)れたことはありません。ですから、あなたにこうしてかれのことをたずねているのです。』
つづく
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