昔アラビアに、サーリムという名の貧(まず)しい男がいました。
サーリムは、わずかな食べ物を得るために毎朝仕事を求めて出かけ、一生けんめいに働いて、夜になるとつかれて家へもどります。そんな暮(く)らしがもう長い間続いていました。
やがて時が移(うつ)りすぎ、村の事情(じじょう)は変わってしまい、だんだんと仕事が見つからなくなりました。サーリムは仕事を求めて市場へ出かけますが、以前のようには見つからず、落ちこんで家へもどります。そうしてサーリムのお金はだんだんと少なくなり、やがて食べ物もろくに買えなくなってしまいました。
サーリムは、村に仕事が減(へ)ってしまったせいで以前よりさらに貧(まず)しく、このごろは体も弱ってきたことを思いあぐね、川向こうの国へ商売の旅に出かける決心をしました。もしかしたら川向こうの国には仕事がたくさんあり、多くのめぐみがあるかもしれないと思ったからです。
ですが、しばしサーリムは考えこみました。
「……しかし旅にはお金がいる。文無しのわたしが、どこからそんなお金を算段(さんだん)するのだ。」
考えたあげく、かれは心の中でこう言いました。「サーリフのところへ行こう。かれはゆうふくでしかもとても立派(りっぱ)な人だ。きっとよくしてくれるだろう。」
サーリムはサーリフの家へ行き、門戸をたたきました。
サーリフが中から「だれですか?」とたずねると、サーリムは「ある貧(まず)しい者です。あなたにお願いがあって来ました。」と答えました。
するとサーリフは門戸を開けて客人を快(こころよ)くむかえ入れました。
家の中へ入り、向かい合ってこしかけると、サーリフはたずねました。
「あなたのお願いとは何ですか?」
そこでサーリムははじらいながらこう言いました。 「わたしはもうこの国では仕事が見つからず、暮(く)らしに困(こま)っています。だからあなたから1000ディナールお借りできるなら、それを元手に川向こうの国で商売をしたいのです。」
サーリフはしばらくの間思案して、こう言いました。 「確(たし)かにお金はあります。でもそのお金をわたしがあなたに貸(か)したということを証明(しょうめい)してくれる証人(しょうにん)がほしいのです。」
そこでサーリムは言いました。 「わたしはだれも知る者のないただの貧(まず)しい男です。ですから神様こそが、わたしとあなたの間の一番良い証人です。神様では証人としてお気にめしませんか?」
それを聞くとサーリフは、「その通りですね、サーリム。証人として神様はじゅうぶんなお方です。」と言い、さらにこう続けました。 「それなら、保証人(ほしょうにん)を連れてきてください。あなたが万一お金を返しにこなかった時に、その借金をかた代わりして返してくれる人を。」
するとサーリムはしばらくの間だまっていましたが、やがて静かにこう言いました。 「かんだいな人よ、わたしはしがないびんぼう人なのです。だれもそんなわたしの保証人(ほしょうにん)になってくれる人はいません。ですから神様こそがわたしの保証人です。」
それを聞くとサーリフは、先ほど以上にけんきょにこう言いました。
「サーリムよ、本当にあなたの言う通りです。保証人として神様はじゅうぶんなお方です。」
そう言うとサーリフは急いで部屋の中へ入り、お金の入ったふくろを持ってもどってきて、えがおで言いました。 「さあ、サーリムよ。ここに1000ディナール入っているから持って行きなさい。これを返すのに、神様があなたに力をさずけて下さいますように。」
そこでサーリムはふくろを受け取り、こう言いました。 「神様がお許(ゆる)しになれば、来月のこの日、旅から帰ってあなたにこのお金を必ずお返しします。」
サーリムは心から喜んでサーリフの家を後にし、そのお金を持って川岸へと向かいました。そして船に乗って川向こうの国へと旅立ちました。
川向こうの国へ着くと、さっそくサーリムは町の市場へと足を運びました。そして毎日一生けんめいに商売にはげみ、やがてまとまったお金を手にすることができました。
そうしているうちに、お金を返す約束の日がやってきました。
そこでサーリムは商売でかせいだお金を持って、川岸へ出かけました。サーリフが貸(か)してくれた同じふくろに1000ディナールをつめこんで。
サーリムが国へ帰る船に乗ろうと川岸に向かっていた時、実は一方のサーリフも貸したお金を受け取ろうと、サーリムを出むかえに川岸へ向かっていたのでした。
川岸に着いたサーリムは村へ帰る船を一生けんめい探(さが)しましたが、どうしても見当たりません。サーリムは困(こま)り果て、どうしたらいいのか必死に考えました。
一体どうするべきなのか……。
つづく
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