その1 果樹園(かじゅえん)の持ち主
昔アラビアのヤマンというところに、大きな果樹園(かじゅえん)を持つ一人の老人が住んでいました。
老人は毎日朝早く、自分の果樹園に向かいます。木々の生長(せいちょう)を調べたり、花々が放つ良いかおりや、木々とたわむれるここちよい風を味わうためです。
いろんな種類の実をたわわにつけた木々をながめるたびに老人は幸せを感じ、とてもありがたいと思いました。くまなく果樹園を歩き回り、豊(ゆた)かな木々や花々、枝(えだ)から枝へと飛びまわって美しい声でさえずる鳥たちを見ると気が休まり、体のつかれや心配事もどこかへ行ってしまいます。
そして老人は果樹園のかたすみで、それらのめぐみを下さった神様に感謝(かんしゃ)のいのりをささげました。そしてこんな素晴(すば)らしい果樹園を持っているからといって、えらぶったり人を見下(みくだ)したりせず、いつでもけんきょな人間でいられるよう、神様にいのりました。
歩きつかれた人が、一休(ひとやす)みするためにこの果樹園に入ったり、ここの水でかわいたのどをうるおしたり、またここの果実で空腹(くうふく)を満たしたりするのを見ると、老人は心から幸せに思いました。
そして果実を欲(ほ)しがる人がいるといつでも、「神様が下さっためぐみです。好きなだけ取りなさい。」と優(やさ)しく言ったものでした。
老人は、果実のしゅうかくの季節になるとやとい人たちを呼(よ)んで、実や種をつんで集めさせます。するとその優しい人がらを知る貧(まず)しい人たちが、みな、それぞれかごや大きなふくろを持って集まるのです。そこで老人はいつでも、かれらの持ってきた入れものを実や種でいっぱいにして持ち帰らせるよう、やとい人たちに言うのです。そして残ったしゅうかくを自分の家に運ばせ、家の食りょうとして必要なだけを保存(ほぞん)して、その残りを売るのでした。
つづく
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