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アラビアもよう
まほうのじゅうたん


 ■まほうのじゅうたん 第8回 「ヨルダン」


 アラビアの国のひとつ、ヨルダンの紹介(しょうかい)です。多くの遺跡、世界でもまれな死海などについて知ることができます。


国旗

国名

ヨルダン・ハーシム王国(通しょう:ヨルダン)

首都 アンマン
面積 8万9000平方キロメートル(北海道より少し大きめで、日本のおよそ4分の1)
人口 535万人(2005年)
人種 国民の大多数がアラブ人
ほかにクルド人、アルメニア人、トゥルクマーン人、チェチェン人などが人口全体のおよそ1%を占める。
言語 公用語はアラビア語、第1外国語は英語
宗教(しゅうきょう) イスラーム教93%、キリスト教など7%
時差 日本より7時間おくれ
政体(せいたい) 世襲(せしゅう)・立憲君主制(りっけんくんしゅせい)
元首(げんしゅ) アブドゥッラーU・ビン・フセイン国王(1999年即位)


位置 位置

<位置>
 アラビア半島北部、そして西アジア南部に位置し、北はシリア、東はイラク、南と南東はサウジアラビア、西南はアカバ湾(わん)、そして西は死海とパレスチナ自治区、イスラエルに接(せっ)しています。


<国名の由来>
 ヨルダン(アラビア語ではオルドゥン)という国名は、今はパレスチナ自治区・イスラエルとの国境(こっきょう)となっているヨルダン川に由来しています。また「ハーシム」は、イスラーム教の預言者(よげんしゃ)モハンマドの家系(かけい)である「ハーシム家」を表します。ハーシム家出身の国王が世襲統治(せしゅうとうち)することから、このように名づけられています。

<気候>
 日本と同じく四季はありますが春と秋がとても短く、冬には雪が降(ふ)ることもあります。東部から南部は雨の少ない砂漠(さばく)のステップ(草原)気候に分類され、南部の紅海(こうかい)に面した地域(ちいき)は、年間を通じて気温が高い乾燥(かんそう)した熱帯気候に分類されます。
 しかし北西部に位置する首都アンマンでは、6〜8月の夏季の気温はだいたい25℃以下、1〜3月の冬季の気温は日本より2〜3℃高めなので、日本より全体的に過(す)ごしやすいといえます。雨量は日本にくらべてとても少ないです。

<地理>
 ヨルダンは小さな国で、国土の80%が砂漠(さばく)ですが、その地形はとても変化に富(と)んでいます。
 西部には、イスラエルとの国境(こっきょう)に面して死海を含むヨルダン渓谷(けいこく)があります。ヨルダン渓谷は世界一標高が低いことで知られ、死海では海ばつマイナス408メートルまで下がります。ヨルダン渓谷にはヨルダン川が流れ、その東にはヨルダン高原があります。
 最高峰(ほう)のラム山(1,734メートル)は、南部の砂漠の町ワーディー・ラムにあります。映画「アラビアのロレンス」が撮影(さつえい)されたことで有名な町です。
 アカバ湾(わん)は、ヨルダン唯一(ゆいいつ)の港としてとても活気があり、また随一(ずいいち)のリゾート地として国内外からの多くの旅行者でにぎわっています。ヨルダンが接(せっ)する海岸線は、このアカバ湾に面する15キロメートルだけです。

アカバ湾
アカバ湾

ワーディー・ラム
ワーディー・ラム

<死海>
 死海からは流れ出る川がないままに大量の水が蒸(じょう)発するので、その水の塩分は27%と非常(ひじょう)に濃(こ)く、そのため、たとえかなづちの人が入っても決して沈(しず)まないことで有名です。またその高い塩分や鉱(こう)分のために生物はほとんど生息していません。2005年に愛知県で開催(かいさい)された「愛・地球博」のヨルダン館では死海の水や周囲の砂(すな)が持ちこまれ、おとずれた人たちが「沈まない海水」を体験することができるようになっていました。
 死海のまわりには塩分を多量にふくんだ泥(どろ)があり、それが皮膚(ひふ)病や美容(びよう)にとても効果(こうか)があることで知られており、近年日本でも化粧(けしょう)品などとして輸入(ゆにゅう)されるようになりました。古代エジプト人も、ミイラの臓器保存(ぞうきほぞん)のためにバクテリアを殺す死海の塩や泥を輸入していたと言います。

死海
死海

文明と遺跡(いせき)
 ヨルダン・シリア・レバノンは、世界最古の文明、メソポタミア・エジプト文明に始まり、フェニキア、ギリシア、ローマ、ビザンチン、イスラームといった多くの高度な文明が降(お)り立ち、その都度たくさんの帝国(ていこく)が根を下ろした長い歴史を持ちます。そのため、ヨルダンも含めたこれらの国々は、遺跡の宝(ほう)庫でもあります。

 ヨルダンでは南部のペトラ遺跡群(いせきぐん)が有名です。中でも、高さ43メートル・幅30メートルの「アル・ハズナ(エル・ハズネ:宝物殿〈ほうもつでん〉)」や、高さ45メートル・幅50メートルの「アッ=ダイル(エド・ディル:修〈しゅう〉道院)」は最も有名で、岩山のがけをけずって彫(ほ)りぬいて造(つく)られています。「アル=ハズナ(エル・ハズネ)」は太陽の光によってバラ色に変わるとても美しい遺跡で、映画「インディージョーンズ」の舞(ぶ)台となったことでも知られ、ローマ時代のものではないかと言われています。「アッ=ダイル(エド・ディル)」は1世紀半ばに建てられた古代ナバタイ人の神殿(しんでん)だとされています。

アル・ハズナ アッ=ダイル
アル・ハズナ
アッ=ダイル

 首都アンマンは2世紀ころローマ都市フィラデルフィアとして栄えた歴史を持ち、その時代に建てられた「ローマ劇場(げきじょう)」が残っています。収容(しゅうよう)人数6000人の大きな劇場で、今でも夏になるとコンサートやオペラ公演などが行われています。

ローマ劇場(アンマン)
ローマ劇場(アンマン)

 中部にあるカラク城(じょう)は十字軍の要さいとして築(きず)かれましたが、1188年にイスラーム軍の英雄(えいゆう)サラーフ=ッディーン(サラディーン)によって陥(かん)落しました。

カラク城
カラク城

ジェラシェ
ジェラシュ

 ヨルダン北西部に位置し、オスマーン朝時代に商業・文化の都として繁栄(はんえい)した古都サルトは、そこでしか見られない特ちょうある家並(な)みで有名です。やまぶき色の石の外壁(がいへき)、ドーム型の屋根、アーチ型の窓(まど)など、昔のパレスチナ地方に見られる建築(けんちく)様式が使われています。

人々と暮(く)らし
 国民の多くが中部と北部に集中して住んでいます。ヨルダン渓谷(けいこく)は1万年も前から農耕(のうこう)が行われてきた場所で、ヨルダン川の水資源(しげん)と温暖(おんだん)な気候によって今でも農業が盛(さか)んです。
 トマト、なす、きゅうりなどの野菜や、バナナ、オレンジ、ナツメヤシなどのくだものが多く栽培(さいばい)され、それらの農作物は外国へも輸出されています。都市部に暮(く)らす人は商工業に従(じゅう)事している人が多いですが、ヨルダンの砂漠(さばく)地帯には昔からベドウィン(遊牧)・アラブが暮らしていて、砂漠の道案内や牧畜(ぼくちく)業に従事している人たちもたくさんいます。
 またヨルダン国民の60〜70%は、イスラエルによって占領(せんりょう)された地域(ちいき)からの避難(ひなん)してきたパレスチナ人とその子孫です。ヨルダンの人々は寛大(かんだい)な性質を持ち、アラブやベドウィン・アラブの良き伝統(でんとう)を受けついで客人を手厚(あつ)くもてなし、保護(ほご)します。

ジュース売り
ジュース売り

食べ物
 ほかのアラブ諸国(しょこく)同様に羊肉料理が多いですが、ヨルダンでは調理にヨーグルトをよく使います。たとえばヨルダンのおもてなし料理には、「マンサフ」という料理があります。羊肉や鳥肉をヨーグルトスープで煮(に)こみ、炊(た)いたご飯の上にのせてヨーグルトソースをかけていただきます。マルクークとよばれる薄(うす)い紙のようなパンやナッツなどもいっしょに盛(も)り合わせます。
 また、ひよこ豆とゴマのペーストにニンニクやレモン汁(じる)を混(ま)ぜ合わせた「ホンモス」というペーストを、ヨルダンの主食であるホブズ(アラブのパン)につけて食べます。

マンサフ
マンサフ






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