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2人はある宿屋の部屋を借りました。宿屋は旅人たちでいっぱいで、そのほとんどが、商品や家ちくや家族をともなった商人たちでした。アブー・スィールはさっそく床屋(とこや)の仕事でお金をたくさんかせぐようになり、朝早く起きて仕事へ向かっては、日が暮(く)れてから帰ってくる毎日でした。しかしアブー・キールの方は、船よいがまだ直らないと言ってぐあいが悪いふりをし、毎日寝てばかりでした。
そんな調子で40日の月日が過ぎました。アブー・スィールは暮らしのかてを得るために一生懸命(けんめい)働き、アブー・キールはぐあいが悪いと言っては寝床(ねどこ)の中で過ごしてばかりいました。
それで、アブー・スィールが食べ物を持って帰ると、アブー・キールは起き上がって異常(いじょう)なまでの食欲(しょくよく)でそのほとんどをたいらげ、また寝床にもどるのです。それでも、アブー・スィールは一生懸命働いたので、いざという時のために少しはお金をためることができました。

ある日、アブー・スィールはアブー・キールにこのように言いました。
「少し町の中を歩いてみたらどうだい? そうすればきみのためになるし、きっと元気も出てくるだろうよ。この土地では仕事がたくさんあるのだから、少しずつきみの体のぐあいも仕事の調子も良くなっていけば、2人力を合わせて、わたしたちはきっと成功することができるだろうさ、インシャーアッラー。」
しかし、アブー・キールは寝床(ねどこ)の中で寝返りを打ち、このように言うばかりでした。
「きみのそんな言葉を聞くとわたしはよけいにつらく感じるのだ。ああ、わたしの病よ……。」
そしてかれは大げさにうめくのです。
そんなある日、今度は、友人の分まで懸命(けんめい)に働いてきたアブー・スィールの方が病にたおれ、長い間、寝床(ねどこ)からはなれられなくなりました。かれは高熱に苦しみながら、とぎれとぎれに眠りました。そのため、かれに食べ物を運んでもらえなくなったアブー・キールは、空腹になやまされてどうしようもなくなってしまいました。
それで、かれはしかたなく起き上がって食べ物を探(さが)したのですが、何も見つかりません。しかし、かれは食べ物の代わりに、なんと金貨の入ったふくろを見つけたのです。そこでそれをふところに入れると、アブー・キールは友人が苦しげに眠っているのを見定め、そっと部屋をぬけ出して外からカギをかけたのでした。
数時間後、アブー・キールはふくろの中の金貨のほとんどを、ぜいたくな食事や高価な服に使い果たし、町の市場をぶらついていました。そしてその時、かれはきみょうなことに気がついたのです。それは、染(そ)め職人としてのかれにとってはとりわけ不思議な光景でした。
その町で人々が身につけている服の色はたったの2色、つまり、青と白だけだったのです。不思議に思って周りの人にそのわけをたずねてみると、その町の染屋(そめや)はみな、青色の色染めしかしないのだ、というのです。
そこで、アブー・キールは一けんの染屋を訪(たず)ね、自己紹介(しょうかい)をしてこのように切り出しました。
「わたしは染(そ)め職人です。わたしをやとってくだされば、さまざまな色の染め方をあなたに教えてあげましょう。赤色、黄色、緑色、オレンジ色など、あなたがお望みになる色の染め方を伝授しますよ。」
しかしその染屋はこのように言いました。
「この町の染屋組合には40人の染め職人がいるのだが、よそ者は組合に入れないことになっているのだよ。それに、我々(われわれ)が色染めであつかうのは青色だけなのだ。わかったかね? それじゃあ、あなたの一日が良い日になりますように!」
アブー・キールはその後も、ほかの染め職人たちの店をすべて回り、同じようにアピールしてみましたが、答えはこのようにみな同じでした。
「我々が色染めであつかう色は青色だけだし、ほかの色をあつかおうとは思わないのだ。」
アブー・キールはいかりをおさえることができませんでした。そこでかれは王の宮殿(きゅうでん)に行き、王との面会を求めました。そしてそれがかなうと、まずは王に自己紹介をし、自分がやって来た目的を告げて、このように言いました。
「国王陛下(へいか)! わたしは遠方の国からやって来た染(そ)め職人でございます。わたしはどのような色にでも布を染める技術を持っております。しかし、ここの染屋たちは青色しかあつかわないのだと言い張るのでございます。ですから陛下、あなたの臣民たちがさまざまな美しい色の服を身に付けることができるように、どうかわたしをご支えんくださいませ!」

王はアブー・キールの考えを好ましく思い、かれにこのように告げました。
「それでは、わたしはあなたにじゅうぶんな費用と必要なものをすべてあたえよう。あなたが思いえがく染め工場を、あなたの好きな場所に建てなさい。わたしの金も家臣たちもみなあなたの好きに使うがよい。」
こうしてアブー・キールは、町の目ぬき通りに立派(りっぱ)な染め工場を持つことができました。
人々の染め工場への反きょうはとても大きく、すぐにたくさんの客がつめかけました。工場は、草色の服を求める客や、真っ赤な色の服を求める客、また黄色や緋(ひ)色、バラ色、漆黒(しっこく)色などの服を求める客でいっぱいになりました。
アブー・キールの商売はたいへんはんじょうしました。かれは工場長として工場の真ん中にじん取り、じゅうたんやしき物でごうかにかざられたソファの上にすわって、職人たちを指導し、命令を出しました。そしてそこに、あの染屋組合の一団が染めの技術を習おうとおとずれたのですが、かつてかれらがアブー・キールを相手にしなかったように、アブー・キールはかれらをまったく相手にしなかったのです。そしてそのことがかれにはうれしくてたまりませんでした!
アブー・キールはこのような日々の中で、自分の友人であるアブー・スィールのことを、いっしゅんたりとも考えようとはしませんでした。そしてかせいだものを2人で分けようとちかい合った約束も、いえ、それどころか、自分の身に起きた状況(じょうきょう)の変化を友人に説明することさえも頭にうかべようとはしなかったのです。
かわいそうなアブー・スィールは、あの後何日もずっと寝床(ねどこ)をはなれられないままでいました。宿屋の主人は、最近、部屋を貸(か)している2人の姿(すがた)を見かけないことに気づいたのですが、部屋のとびらに外からじょうがかかっているのを見て、2人が宿賃(やどちん)をはらわずににげ出したのだと思いました。そこで、カギを使ってその部屋のとびらを開けてみると、そこには病とうえですい弱し、やせ細ったアブー・スィールが横たわっており、それを見た主人はぎょう天してしまいました。
宿屋の主人はアブー・スィールの姿を見て心を痛(いた)め、宿賃を取り立てようともせずに、かれが回復するまで一生懸命看病(かんびょう)しました。アブー・キールは病気の友人を見捨てて姿を消しただけではなく、外からじょうをかける前に、友人の金までうばったのだ、ということに、主人は気づいたからです。それでもアブー・スィールは友人がいなくなったことを弁解し、こう言ってかれをかばったのでした。
「きっとかれは何か大きな出来事にあって、帰るのがおくれているだけなのですよ。」
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