アラビア村では今、大人も子どももみなあるものに目をうばわれています。それは、この季節にしかやって来てくれない静かなる訪問者(ほうもんしゃ)……。そう、雪です。まるで春を目の前にして降(ふ)り急いでいるかのように、雪はこのところ毎日もくもくと降り続いています。 雨や風は音でわたしたちにその存在(そんざい)を知らせ、太陽は光によってわたしたちをふり向かせます。しかし雪はいつもただ静かにまい降(お)り、ふと気づくと知らない間にあたりをみな白くおおっていることさえあります。 暖(あたた)かそうなオーバーコートをはおって散歩に出かけたハキムおじいさんは、空からふわふわとまい降りてきた雪を見上げ、なにごとかつぶやいてはうれしそうにほほえみました。するとちょうどその時、学校から出てきた子どもたちがハキムおじいさんを見つけて大声を上げながらかけよってきました。
ハキムおじいさ〜ん、アッサラーム・アライクム! それから、翔(しょう)くんもザキくんも、アッサラーム・アライクム!
こうして、ハキムおじいさんは子どもたちを連れて家へ帰り、うちを暖(あたた)めて、温かいミルクとナツメヤシの実をふるまってくれました。それで、子どもたちはナツメヤシの実をほおばりながら、ハキムおじいさんのお話を聞きました。
昔々、地中海沿岸(えんがん)にあるエジプトの大きな都市、アレキサンドリアに、2人の男が住んでいました。1人はアブー・スィールという名の床屋(とこや)で、もう1人はアブー・キールという名の染屋(そめや)でした。2人はとなり合わせの店で働いていました。 アブー・スィールは善良(ぜんりょう)な心を持ち、よく働く男で、店に来てくれるおおぜいのお客さんをとても大切にしていました。かれはてきぱきと働き、客たちのひげをそり、かみをきれいに切りそろえました。それだけでなく、いつも店や仕事道具をきれいにそうじし、客たちにはていねいに、そして親切に接(せっ)しました。 しかしアブー・キールの方は、意地が悪くてよく人をだます男として知られていました。そのため、店の客たちはみなかれに近づかなくなり、たまにやって来るのは、遠方からの客でかれをよく知らない者か、あるいは、何も気づかないぼんやりした者ばかりでした。 アブー・キールは、生地(きじ)をそめる代金をいつも先に客から取り立てます。しかし、客が帰るとすぐにその生地を市場へ持っていって売りはらい、その金で遊び回ります。そして、やがてその客が注文の品を受け取りにおとずれると、アブー・キールはきまってこう言うのでした。預(あず)かった生地はぬすまれてしまい、不運なことに、自分にはそれをつぐなう力がないのだ、と。 争いをきらう気のいい客たちはそれを聞いてしぶしぶだまり、ただただ、自分の不運をアッラーにうったえます。そうでない客たちはおこってかれののど元につかみかかるのですが、どちらにせよ、いずれの者たちも二度とアブー・キールとかかわろうとはしなくなるのです。 アブー・キールはよくとなりのアブー・スィールの店ににげこみ、そこから自分の店の様子をうかがいました。そしておこった客がやって来るとあわててにげ出し、また、ぼんやりした客や何も知らないいほう人の客を見かけると、エモノを見つけたとばかりに急いで店にもどるのでした。 そんなある日、また一人の男がアブー・キールの悪だくみのぎせい者となったのですが、運の悪いことにかれは町の権力者だったので、アブー・キールのことを警部(けいぶ)にうったえました。 そこで、警部は部下たちを引き連れてアブー・キールの店へかけつけましたが、店にはもうだれもいませんでした。アブー・キールはすばやくいつものようにアブー・スィールの床屋(とこや)に身をかくしていたのです。順番待ちをしている客のふりをして。しばらくすると、警部は警官たちに命じてアブー・キールの店にじょうをかけさせ、板で入り口をふさがせました。そして店のとびらにはこのような紙が張(は)られたのでした: <店主へ: 店に入りたければ、警察署(けいさつしょ)に出頭されたし。> それを見てアブー・キールは困(こま)りはて、アブー・スィールの店の中ですわりこみました。かれには、自分が店主だと警察に名乗り出る勇気はありませんでした。自分を待っているばつを考えると、とても出頭する気にはなれなかったのです。 やがて最後の客が出て行くと、アブー・スィールは店をそうじし、身じたくをして家に帰る準備(じゅんび)をし始めました。それを見て、アブー・キールはこのようにうったえました。 「りん人よ、わたしはなんて不運なのだろうか! ドロボウたちがわたしの客の預(あず)かり物を毎日のようにぬすんでいくせいで、今日わたしはついに自分の仕事さえ禁(きん)じられてしまったのだ。どうやら、そろそろ旅に出て別の土地で仕事を探(さが)す時が来たようだ。」 アブー・スィールは、りん人のいつもの悪行に気づいていなかったわけではなく、むしろかれに対して、正直でまっすぐな行いをするようにしばしば呼(よ)びかけてきました。しかしちょうどアブー・スィール自身もそろそろほかの土地へ行こうかと考えていたところだったので、アブー・キールにこのように話をもちかけました。 「わたしも実はこの場所にあいているのだ。わたしはアレキサンドリアで一番のうでを持つ床屋(とこや)だというのに、今までかせいだ金では暮(く)らしていくには足りないのだ。旅に出て、いっしょに別の土地へ行って仕事を探そうじゃないか? おたがいにそこでかせいだ金を2人で分け合えばいいのだ。」 2人はすぐに意気投合し、翌日(よくじつ)には町を出ることにしました。 アブー・スィールは家主に店のカギを返し、アブー・キールは店を警官(けいかん)たちの手にゆだねて放置しました。そして翌日、2人は荷物を持って港へ向かい、その日一番に出航する船を待ちました。 船を待っている間、2人は、どんなに長旅になろうとも2人でかせいだ金は絶対に分かち合おう、と何度も話し合いました。そのうち、やがて出航の時間がやって来ると、50人ほどの乗客といっしょに、2人は遠い国を目指して船に乗りこんだのでした。 ただ、2人はあまりに旅を急ぎすぎ、数週間もかかる船旅に必要なものを何も持って来なかったのです。そのため、かれらが持ってきた食べ物や飲み物はすぐに底をついてしまいました。 しかし幸運なことに、乗客の中に床屋(とこや)はアブー・スィール1人しかいませんでした。それで、かれは船の中でも一生懸命(けんめい)仕事をし、旅人たちのかみやひげを切りそろえては、料金の代わりに食べ物や飲み物をもらったのです。旅人たちは喜んで食料を差し出し、かれに感謝(かんしゃ)しました。
一方のアブー・キールはと言えば、船の上ですることもなく、連れが一生懸命働いている間、ほとんど昼寝をして過ごしました。それでも、アブー・スィールは約束どおりに自分のかせぎを2人で分け合いました。 起きている時のアブー・キールはどうしているといえば、アブー・スィールの客たちが代価として、パンやチーズ、オリーブ、ファティーラ(※パイのようなもの) −時には船長の食たくから、カバブやごうかな料理がもたらされることさえありました−などをくれると、異常(いじょう)な食欲(しょくよく)でそれらを食べつくし、そのさまは、まるで1週間ほど何も食べていなかったかのようでした! 2週間の航海ののち、やがて船は大きな港に着きました。アブー・スィールとアブー・キールは陸に下りてその町をあちこち歩いて回り、そこにたいざいすることに決めたのです。
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